ネットユーザーの間では圧倒的人気の麻生太郎氏。
秋葉原のみなさんやら、2ちゃんのみなさんやら、熱いファンを持つ麻生氏。
そんな麻生太郎氏についてまとめてみたいと思います。
麻生太郎公式ウェブサイト麻生氏は1940年9月20日福岡生まれ。
小3で東京へ転居し、学習院へ編入。
学習院大学政経学部政治学科卒業後の、1963年4月にスタンフォード大学大学院に留学。
続く1965年には、ロンドン大学政治経済学院に留学。
帰国後は麻生産業株式会社に入社します。
以後、ご実家のお仕事を続けられます。
ご実家の麻生家は、麻生財閥。
お父様の麻生太賀吉氏は、九州の炭鉱王と呼ばれた麻生太吉のお孫さんです。
ご自身も家業を継ぎ、麻生セメントの会長を務められました。
お父様は、吉田茂元首相のお嬢さんとご結婚されます。
そして、麻生太郎氏がご誕生。
つまり、麻生氏の母方のおじい様は、吉田茂元総理となります。
お父様は1942年に、義理の父(岳父)である吉田茂元首相をサポートするために政界入りし、参議院三期当選。
吉田茂元首相の引退と同時にご自身も政界を退き、実業家へ戻られました。
麻生太郎氏が政界に入ったのは、1979年10月の第35回衆議院議員総選挙。
1983年には、 鈴木善幸元首相の三女千賀子さんとご結婚されました。
43歳でのご結婚です。
1996年11月には、 国務大臣経済企画庁長官に就任。
1999年3月に自由民主党副幹事長、2001年1月に国務大臣経済財政政策担当大臣に就任されます。
この2001年4月には、自民党総裁選に出馬。
小泉氏、橋本氏と争いますが、3位でした。
同月、自由民主党の政務調査会長に就任。
2003年9月からは、総務大臣に就任しました。
2005年10月からは、外務大臣に就任。
留学時代から鍛えられたであろう英語をしっかりと使い、重要なスピーチは英語でもなされています。(*1)
そして、2006年9月に行われた自由民主党総裁選挙に出馬。
安倍官房長官(当時)、谷垣財務大臣(当時)と戦いましたが、136票で次点。
この後、安倍内閣が誕生します。
そこで、外務大臣に再任されました。
さらに2007年には、自由民主党幹事長に就任されました。
しかし、同年9月、安倍元首相の突然に辞任により、三度目の自民党総裁選挙へ出馬となります。
けれども、結果はまたもや落選。
330票を獲得した福田氏が当選し、福田内閣が誕生しました。
麻生氏の獲得票は197票でした。
こんな麻生氏は、べらんめぇ口調や、漫画好きであること、2ちゃんに書き込みをしていると発言したことなどから、冒頭にも書きましたように、ネットユーザーに大人気です。
再生回数8万回を超え、マイリスト数3千を超えたこの動画を見ても、その人気振りがよくわかります。
安倍元首相とはAA(だぶるえー)と呼ばれ、さながらアイドルユニットの如し。
中川昭一氏を加えたANAでは、A担当。
さらに平沼赳夫氏を加えたHANAも結成間近とのことw
麻生太郎氏の政策は、2007年の自民党総裁選の際に、次のように発表されています。
自民党総裁選:麻生太郎氏の政権公約 「日本の底力」(JanJan 2007/09/17)
【緊急課題】としてあげられているのは、つぎの5点です。
1暮らしの不安を解消します
(年金記録漏れ問題の速やかな解決・医者不足地域の解消・安心して子供を産み育てることができる環境作り)
2格差を是正します
(地域間格差を解消するため産業育成と企業誘致の推進・非正規雇用の待遇改善、最低賃金引き上げ)
3地方の振興
(地方への産業誘致、雇用創出・地方自治体の財源拡充)
4国際貢献
(テロとの戦いに屈せず)
5透明な政治
(政治資金の透明化・「説明責任」)
【私の目指す日本】としては、
「私の目指す日本は、活力があり、安心できる社会です。」と述べています。
1安心できる社会
2活力ある高齢社会
3豊かさの実感できる社会
【基本政策】は
「骨太」とのこと。
1経済政策―着実な経済成長
2社会保障―安心できる保障
3教育改革―基礎教育の充実
4外交施策―誇りと活力ある外交、国際貢献
さらに
【政治改革】もあげています。
1簡素で温かい政府
2地方分権
3国会改革
4自民党改革麻生氏の語りの面白さはよく知られています。
わかりやすい言葉で、的確に、しかも熱く語る麻生氏。
そのために、失言ととられかねないものも多く、釈明や謝罪もされています。
けれども、言いたいことは言う!という気概を感じてる人も多いと思います。
そんな麻生氏の発言を拾ってみました。
「政治家だけの話を聞いていると偏っちゃうんだよ。てめえの顔(ポスター)が電信柱に貼られたら、ふつうの常識じゃ恥ずかしいと思うんだよ。あのへんは少ないから、もっと貼れみたいなのは、どこか普通じゃないんだよね。」
「政治は狂気の世界。狂気の中で正気を保つというのはかなり難しいね。」(1997年1月 週刊朝日1月3日・10日合併号)
「創氏改名は朝鮮人が望んだ(満州や日本国内で経済活動をする上で朝鮮名が不利な場合があったという文脈での発言)、日本はハングル普及に貢献した(なお、日本語ではなくハングルを国語に制定したのは事実である)」(2003年5月31日 東京大学学園祭)
「英霊は天皇陛下のために万歳と言ったのであり、首相万歳と言ったのはゼロだ。天皇陛下が参拝なさるのが一番だ」
「(天皇が)公人か私人かという論議のため参拝できなくなったが、解決の答えはいくつかあるはず」
「中国が(参拝を中断しろと)言えば言うほど行かざるを得ない」
「これはたばこを吸うなと言うと吸いたくなるのと同じだ」(2006年1月28日、名古屋で行われた公明党議員の会合)
「台湾はものすごく教育水準が上がって識字率などが向上したおかげで今極めて教育水準が高い国であるが故に、今の時代に追いつけている」
「我々の先輩はやっぱりちゃんとしたことをやっとるなと正直そのとき思った」(2006年2月4日 福岡市での講演:日本が植民地台湾の義務教育に力を入れたと指摘)
「近代の生んだ毒......。それはすなわち『国民国家』であり、『自民族中心主義』という意味に規定される『ナショナリズム』でした。この2つは、地図に黒々と、太い国境を引く思想でした。また時として、その国境を外へ外へ、無理やりにでも広げていくのをよしとする考えでした。 (中略)他人(ひと)のことは言いますまい。日本人は一度、国民国家とナショナリズムという、強い酒をしたたかにあおった経験があります。皆さんこれからのアジアは、国民国家の枠、ナショナリズムの罠に絡め取られるようではいけません。」(2006年5月26日 国際交流会議「アジアの未来」において)
「情報というのは、結果的には、その情報を人に漏らさず、ちゃんと使ってくれる人に集まるものだと思います。」
「あのとき(サンフランシスコ条約)、経済復興に最重点をおいて、アメリカ側に属し、軽武装でいくという選択をしたから、今日の日本があるのだと思います。」
「同盟関係というものは、いざというときにきちんと作動するかしないか、難しいものだということです。契約書があってもその通りに契約が履行されるかどうかは、商売でもあてにならないのだから、ましてや国益に関係した同盟となれば、きちんと作動させるためには、不断の努力が必要です。一方に瑕疵がなくても、契約を切られることもある。たとえば1972年の日中国交正常化のときには、台湾側にはまったく瑕疵がなかったけれども、日本は台湾との関係を切った。日本もそうしたことがあるんだから、いつだって切られる可能性があるという意識は持っておかないといけない。」
「少なくとも国家のために尊い命を投げ出してくれた人たちに対して、最高の栄誉をもって祀るということを禁止している国など世界中にない。」(2006年7月 中央公論7月号 〜これが外交の品格だ〜 手嶋龍一氏との対談において)
「隣の国が持つとなった時に、一つの考え方としていろいろな議論をしておくことは大事だ」
「日本は言論統制された国ではない。言論の自由を封殺するということに与しないという以上に明確な答えはない」(2006年10月:中川昭一氏の核武装も選択肢として考えておくべきだとの発言に対して。)
「近隣諸国に目を転じますと、まず中国との間には、1日1万人以上、年間400万人を超す相互の往来があり、経済関係がとみに緊密な現状を物語っています。 本年も政治と経済の両輪を力強く回します。共通の戦略的利益に立脚した、互恵関係を築いてまいります。」
「日本と韓国は、互いにとって最も近く、基本的価値を共にする大切な民主主義国同士であります。そのような間柄にふさわしい、未来志向の関係を打ち立てます。」
「ODAは、我が国外交の重要な手段であります。国際社会の一員としての責務を果たし、かつ、自らの繁栄を確保していくために、ODAを一層戦略的に実施します。 「自由と繁栄の弧」形成のためにも、ODAを活用していきます。 そのうえで、ODA事業量の100億ドルの積み増し、また対アフリカODAの倍増など、対外公約を達成すべく努めてまいります。」(2007年1月26日 第166回通常国会衆議院本会議)
「ドンパチが終わった後が大変だというのがイラクで分かった。(イラク戦争においてアメリカがイラクを)占領した後のオペレーションは非常に幼稚」(2007年2月3日 京都市内の講演)
「客観的な事実にまったく基づいていない。はなはだ遺憾だ」(2007年2月19日、衆議院予算委員会:米下院に提出された慰安婦問題をめぐる対日非難決議案における記述について)
「日本の農産物はうまい、安心安全で世界一。高くたって売れる。自信をもってやるべきだ。治安がいいことをはじめ、日本の常識が日本の文化であり、世界で評価されている。日本人だと誇れる国づくりを進めよう」
「男は何度でも挑戦する」(2007年9月29日 東日新聞:名古屋での後援会において)
「2ちゃんねるに時々書き込みをしている。新聞より核心を突いてくる」(2007年10月6日 フジテレビ系情報番組ハッケン!!でのインタビュー)
「ゆすられるのよ。日本という国がおかれている現状は“カネを持った成り金の子供”」 (ソース検索中)
「靖国の話をするのは世界で中国と韓国だけ」(ソース検索中)
「相手が戦車で攻めてきたらこちらはバズーカ砲ぐらい撃たなければならない」(ソース検索中)
「一つの真理を、あたかも全体的な真理の如く真剣に語る弊害は、何時の時代にも有るものなんですが、偉い人が言ったり、マスコミが数を頼んで書いたりされると、それが絶対のように思いがちに成るものですが、異論にも耳を傾けて、初めて正気を保てると思って下さい。」(ソース検索中)
*1「アジア演説」…逞しく成長するアジアで日本が果たすべき役割とは何かを示した日本記者クラブでの演説
「ウォールストリート・ジャーナルヘの投稿」…民主的な中国の台頭を歓迎すると断じた
「NATO演説」…インド洋で給油にあたる自衛隊がいまや国際的な公共財となったことに自信を示した
そんな麻生氏が、日本の文化と世界との関係を語っています。
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