日本人であることに誇りを持ちたい

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宗教と政治との癒着 

政教分離原則という言葉があります。
これは、国家権力と宗教とは分離されるべきであるという原則です。
「宗教」という言葉は範囲が広いので、もう少し限定をかけると「特定の宗派や宗教団体」と言ってもいいかと思います。
国家権力が宗教団体を援助・助長してはならず、また逆に圧迫してはならないとする原則なのです。
対義語は政教一致。

日本国憲法では、第20条(信教の自由)においてこの原則が規定されています。
第20条(信教の自由,国の宗教活動の禁止)
1信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。


この原則は、自由権としての信教の自由の制度的保障といわれています。
「信教の自由」を侵すことを禁止しているものといわれています。
この原則の「圧迫してはならない」という側面だけがクローズアップされているようです。
けれども、この原則は同時に、「国家権力は宗教団体に特権を授けてはならない」「宗教団体は政治上の権力を行使してはならない」ということもうたっているのです。

ところが、この場合、主語はあくまでも「国家権力」です。
つまり、国家権力による、宗教団体への優遇や迫害は禁止されているということです。
逆に、宗教団体が政治的活動をすることを禁止しているわけではないのです。

その点をついているのが創価学会と公明党です。

1928年6月、牧口常三郎氏が日蓮正宗に入信したことが、創価学会の第一歩といわれています。
同年の秋に戸田城聖氏(牧口氏の甥)も入信しました。
そして、1937年に東京で創価教育学会の発会式が行われたのです。
初代会長に牧口常三郎氏が就任しました。
ただし、当初は当初は宗教的な色彩は薄く、どちらかというと牧口氏の創価教育学説(1930年に書『創価教育学体系』という教育書を発行しています)に基づく教育改革の推進を目的としていたようです。

第二次世界大戦の間、日本の軍部政府は宗教思想の統制を行いました。
その弾圧を受け、牧口氏、戸田氏(当時理事長)など主だった幹部21名が投獄されたそうです。
1943年7月のことです。
罪名は、治安維持法、不敬罪容疑。
牧口氏は1944年11月獄死されています。

1945年7月に、戸田氏は釈放されます。
そして、戦後、会の再建を志し、活動を再開します。
その時に「創価学会」と改名したそうです。
戸田氏が第二代会長に就任したのは1951年です。
1958年に戸田氏が亡くなるまで、会長職でした。
その間に会員世帯は75万世帯にもなりました。
牧口初代会長らが投獄された際は、会員世帯は3000世帯だったそうですから、急増していることがよくわかります。
1951年に宗教法人法が施行され、創価学会は翌1952年に宗教法人となりました。
戸田氏の言葉として、次のようなものがあります。

「お金の掛かる宗教は、邪宗である」
「前に言っていたことと、今言っていることが違う宗教は、邪宗である」


戸田氏が亡くなったあと、第三代会長に就任したのが池田大作氏です。
1960年5月の就任以来、日本では世帯数827万もの会員世帯となりました。
また、海外での布教も積極的に行っています。
1972年、池田氏は創価学会の世界規模の団体として創価学会インタナショナル(SGI)を発足しています。
現在190ヶ国に広がっているとのことです。

以上の記述は、創価学会の公式サイトにおけるSOKAnet内の沿革、略年表を読んで書きました。
しかし、そこに書かれていないことがあることに気づきます。
政治に関する記述です。

創価学会第二代会長であった戸田氏は、1955年1月に行われた統一地方選挙において、創価学会の政界進出を目指して創価学会信者を出馬させました。
結果、全国で53人が当選。
翌1956年の第4回参議院議員通常選挙で3名が当選。
さらに欲1957年の参議院大阪地方区の補欠選挙では、公職選挙法違反の疑いで、本部理事長であった小泉隆氏と、渉外部長であった池田大作氏が逮捕されています。
しかし、関わった創価学会信者は公民権停止や罰金が言い渡されたのですが、小泉氏と池田氏は無罪となりました。

戸田氏は、政界に信者を送ることについて、次のように述べています。

「仏法を生命に刻んだ人格高潔な人材を政界に送り、政治を民衆の手に取り戻すためであった。」
(小説『人間革命』第9巻 政界進出の目的について)
「われらが政治に関心をもつゆえんは、三大秘法の南無妙法蓮華経の広宣流布にある。すなわち、国立戒壇の建立だけが目的なのである」(『戸田城聖先生 巻頭言集』「王仏冥合論」 創価学会 1960年5月3日)

そして、戸田氏の後継として池田大作氏が第三代会長に就任したのち、1962年に衆議院進出を目指し、政党「公明政治連盟」を結成します。
さらに、1964年にはこれを改組し、「公明党」が設立されます。

公明党

結党時は参院で15議席、地方議会は東京都議会をはじめとして1200有余人の議員数だったことが、公明党の公式サイトに書かれています。

ウィキペディアによると、1970年、創価学会と公明党の関係が国会でも議論されたことがあるそうです。
その際に、会長であった池田大作氏が制度的に創価学会と公明党を分離することを明言し、以降、公明党においては宗教色の強い表現などが使われなくなったとのことです。

1970年に、創価学会と公明党が自らを批判する書籍の出版・流通を阻止するために働きかけていた(「言論出版妨害事件」)ことが公になり、「言論の自由」を侵すものだとして社会的批判を受けた。この問題の中で、創価学会と公明党との密接な関係が憲法に規定された「政教分離原則」に反するという批判が強くなり国会でも議論されるようになった。国会での追及が高まる中、池田大作が公明党と創価学会を制度的に明確に分離することを明言し、「日蓮正宗の国教化」と誤解されやすい「国立戒壇」という表現は将来ともに使わないこと、「国立戒壇」を国会で議決することを目標にしないことなどを約束し、党の綱領から「王仏冥合」、「仏法民主主義」などの仏教用語を削減するなど、宗教色を控える方針転換を図った。(ウィキペディア-公明党より)



公明党が初めて与党側に立ったのは、1993年。
それまで38年間続いてきた自民党支配を破った野党連立政権のときです。
首相は日本新党の細川護熙氏。
日本社会党・新生党・公明党・民社党・社会民主連合・民主改革連合(参院会派)・日本新党・新党さきがけの8つの連合政権でした。
このとき、公明党は国務大臣のポストをいくつか得ることになります。

そんな公明党に、再び政教分離の意見がぶつけられるのは、1994年。

* 12月4日 参議院特別委員会に創価学会第5代会長の秋谷栄之助が参考人として出席。「政治に大衆の声を反映していく政治の実現を願って公明党の支援をして来た」、「政党が政権を目指すというのは当然のこと」、「政治によって何か利益を得るとか政治の力を借りて布教をするとか、自分達の宗教を国教化しようなどということは毛頭考えていない」などと述べる。・・・第134回国会 参議院 宗教法人等に関する特別委員会・・・(ウィキペディア-公明党より)



1995年には、いわゆる「宗教法人法」の改正をめぐっての揉め事もありました。

1995年の「宗教法人法」改正をめぐり、創価学会の池田名誉会長を参考人招致を決議しようとする自民党に対し、国会でピケを張り、座り込みなどの実力行使で阻止した騒動は、池田名誉会長の政治的影響力の大きさを改めて感じさせるものとなった。(ウィキペディア-公明党より)



1999年の小渕内閣の時から、自民党との連立を続けている公明党。
単独では過半数の議席の確保が難しくなって自民党と、与党でいることに大きな意味を見出している公明党のタッグは、現在も続いています。
しかし、この件については、両者とも微妙な感情があるようです。
公明党を支えている創価学会の信者は、もともと目指す方向の違う自民党との連立によって、公明党が自民党の政策を支持した場合に半端y巣や批判をすることもあるそうです。
自民党のほうでは、1996年の運動方針の中に、「いま、わが国の政治にとって最も憂うべきは、宗教団体・創価学会が新進党という政党の皮をかぶって国民を欺き、政治の権力を握ろうと画策していることである」という内容を盛り込んでいます。
しかし、連立は続いている。
結局、信者票を膨大に獲得できる公明党の力が必要だということなのでしょう。

それから、公明党は、北朝鮮の金日成氏、金正日氏、韓国の全斗煥氏、中国の温家宝氏などと会談をしたり、祝電を送ったりと関係を持っています。
こちらについては、もう少し勉強したいと思っています。

そして、2007年。
民主党の石井一議員が参議院予算委員会にて公明党と創価学会の関係を追及しました。
「p献金」という言葉もはっきりと口に出されました。
政界のタブーの1つに挑戦したと言われていますが、その後どうなっているのでしょうか。






ニコニコ動画だけではなく、ネット上にはこうした政教の癒着についてさまざまな声があがっています。
そうして、新しい世論を作っていくことや、意見を発信することはとても大切なことだとみなみは思います。
けれども、選挙権についても、もう少し考えてもいいのではないか、とも思うのです。
公明党の支持母体である創価学会の信者数は400万人とも2000万人とも言われています。
その中で選挙で一票を投じることのできる年齢の人がどれだけいるのかはわかりませんが、彼らは選挙に行くのです。
一票を投じるのです。
たった一票と馬鹿にしてはいけないとみなみは思うのです。
みなみたちも、選挙に行かねばなりませんね。

[ 2008/02/29 ] その他 | TB(0) | CM(0)
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